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第1回絆甲子園開催報告
 
【プロフィール】
1973年12月13日生まれ 宮崎県日向市出身。
延岡学園高校から社会人野球の新王子製紙春日井を経て、
1994年ドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団。
延岡学園高校3年の夏には甲子園に出場。
2000年シドニーオリンピックに出場。
 

第2回絆甲子園に出場される皆様

こんにちは。
震災から1年、今みなさんが元気に野球ができること心から嬉しく思います。
野球を通じて学ぶ事はたくさんあります。
感謝、思いやり、仲間全ては「絆」という言葉に含まれています。

未来の日本の復興には次世代の君達の力が必要です。
素晴らしい仲間と野球が出来る喜び、家族やこの場を提供してくれている方々への感謝の気持ちを忘れないでください。
そして、この大会で日頃の練習の成果を出し切り悔いのない全力のプレーを見せてくれることを期待しています。

黒木 知宏

 
【プロフィール】
1965年9月15日生まれ 千葉県柏市出身。
早稲田大学からロッテオリオンズ(現千葉ロッテ)に入団後、
1年目から先発ローテーション入りし10年間ロッテのエースとして君臨し、制球力が非常に高いことから「投げる精密機械」などと呼ばれた。
1999年横浜ベイスターズに移籍。
2002年メジャーリーグ・ニューヨークメッツに入団。
貴重な経験を日本に持ち帰る。
2003年は1年間の現役評論家としての活動とトレーニングを続け
翌年2004年ボビーバレンタインの日本球界復帰とともに千葉ロッテマリーンズに復帰。
  選手の皆さん、また、開催にあたり、運営、その他で関わっていらっしゃる皆様…。
皆さんの野球に対する思いが、これからの日本の野球界にとって、大切な事となると思います…。
野球を通じ、学んだ事、また、これから学ぶ事、沢山あろうかと思います…。
そんな中、最も大切な事は、文字通り、『絆』です。
人と人との繋がり無くして、社会生活は成り立ちません。
10年後、20年後、自分達の人生を振り返った時に、『野球』をやっていて良かったと、そう思える様に、『仲間』との貴重な時間を、大切にして下さい。
『自分の為より、誰か、仲間の為に』

皆さんの活躍を、心よりお祈り申し上げます…。

小宮山 悟
 
【プロフィール】
1976年 ドラフト一位指名で中日ドラゴンズに入団、最優秀新人賞を受賞
1985年 西武ライオンズへ移籍
1987年 阪神タイガーズへ移籍
1991年 阪神タイガーズ退団、引退
1992年 野球解説者・タレントとして活動開始
2001年 アジア大会で全日本代表チームのコーチに就任。
2005年 東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。
現在はニッポン放送ショウアップナイター解説者として活躍。
バラエティ番組メインパーソナリティや情報番組キャスターと、活動の場を広げている。
  8月上旬、仙台の街が七夕の飾りでいっぱいになる頃、被災地・東北のリトルシニアの野球少年たちが、白球を追いかけて闘う、絆・甲子園。
この大会の話を聞いて、ぼくは、汗だくになって野球をやっていた、少年時代を思い出しました。
ぼくは、関西リトルの1期生で、いまでもその頃の仲間や思い出は、かけがいのない「宝物」として残っています。

震災から1年以上が過ぎても、まだまだ大変なことも多いと思いますが、精いっぱいの全力プレーで、大会をともに戦う仲間に、元気とくじけない心を見せつけてください。心から応援しています。

田尾 安志
 
【プロフィール】
1952年7月20日生まれ 神奈川県横浜市中区出身

横浜第一商業高等学校→日本鋼管から
1971年ドラフト4位でロッテオリオンズに入団
1977年クラウンライターライオンズ、
1979年ロッテオリオンズ
1983年ヤクルトスワローズ
で投手として活躍。

1980年オールスターゲーム出場
現在はチバテレビ「マリーンズナイター」野球解説者として活躍中。
 

この度の震災で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
また被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

震災発生から約1か月後の2011年4月12日、被災地・千葉にも「野球」が帰ってきました。
千葉ロッテ対東北楽天のパ・リーグ開幕戦。
平日の昼にも関わらず多くの野球を愛する
千葉のファン、東北のファンがマリンに集いました。
私も放送席で解説という立場で野球を愛する皆さんと一緒にその日を迎えることができました。

そこに野球がある喜び、野球ができる幸せを改めて実感した1日でした。

選手の皆さん、この大会は野球を愛する仲間との「絆」、そして皆さんを支えてくれる全ての方との「絆」で作られています。

精一杯、全力で熱いプレーを見せてください。
がんばれ東北の野球少年たち!!

倉持 明

 
 
【プロフィール】
1975年宮城県塩竈市生まれ。塩竈市立第二中学校卒業。
中学校時代はバスケットボール部で活躍
2002年ソルトレイクオリンピック、2006年トリノオリンピックにフリースタイルスキー・モーグルで出場。
その後ハーフパイプスキーに転向。国際大会では日本人女子初となる優勝ならびに表彰台を飾る。
  皆さん、こんにちわ!宮城県塩竈市出身・元オリンピック選手 畑中 みゆき です。
私は今回の東日本大震災で叔父を亡くしてしまいました。
叔父は、スポーツが大好きで私がオリンピックに出場した時、本当に喜んでくれた叔父でした。
叔父は、津波で亡くなる3日後が定年退職で、自分のやりたい事を少し我慢して生活をしてきました。
「1日1日、悔いを残さず生活をする」
なかなか、難しいと思います。
でも、自分の気持ちが、自分の思いが強ければ、強いほど、
どんな場所・どんな環境でも、自分の目標に向かっていけるはずです。
津波の被害があったから・・・○ ○ができない・・
トレーニングする場所がないから、○○ができない・・
自分のやる気さえあれば、何かができるはずっ!

目標を持って、最後まであきらめず、何事にも挑戦していってください!

私も東北復興に全力を尽くします!

皆さん、楽しみながら・・楽しく!頑張ろう~!!

畑中 みゆき
 
【プロフィール】
1961年7月22日生まれ
東京都出身、早稲田大学卒業
85年ニッポン放送入社
スポーツ部アナウンサーとして「ショウアップナイター」実況を担当
2005年ロッテ優勝決定試合での号泣実況など、数々の名実況で知られる。
  先日、ニッポン放送ショウアップナイターでおなじみ、野球解説者の大御所・関根潤三さんに若い頃の話を伺う機会がありました。
法政大学在学中に第二次大戦を経験された関根さんは勤労奉仕で登校さえままならなかったといいます。
でも尊い多くの命を奪った戦争も若者の夢や希望までは奪えなかった。
終戦後再びグラウンドに集まった関根さんたちは道具不足の中、スパイク代わりに地下足袋を履いて野球に青春をぶつけました。そして復活した6大学野球は復興のシンボルに。

今回の大震災もまた日本を悲しみのどん底に突き落としました。
しかし白球に賭ける熱い思い、勝利に向かってチームがひとつになる姿は必ず多くの人々に勇気を与えるものと信じます。
ほとばしる若いエネルギーが火花を散らすぶつかり合いを私も楽しみにしています。

ニッポン放送ショウアップナイターアナウンサー
松本秀夫

 
 
  皆さん、こんにちは!
千葉テレビアナウンサーの笠井さやかと申します。

このたびは、被災地・東北の球児たちがひたむきにプレーする
「絆 甲子園」の第二回が開催されること、とても嬉しく思います。

この夏、高校野球の番組を通して、私にとって野球は
より身近なスポーツとなりました。 

『野球』はプレーだけでなく、
チームメイトとの“絆”がより大きな力・感動を生みます。
「野球の神様がいる」と言われるように、
何か大切なことを学び、感じさせてくれるのが野球。
最後まで諦めないあなたに、栄冠は輝きます!
大会を通して、仲間とのかけがえのない時間を築いていってください。
皆さんの全力プレーに期待しています。

千葉テレビアナウンサー
笠井さやか
  先日、マリナーズから名門ヤンキースへ移籍したイチローは言っている。「結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる」と。
東日本大震災から約1年半――。当地が復興への道半ばであることは確かだろう。目の前に高い壁がそびえ立っていることも想像に難くない。しかし、それでも絶望することなく前に突き進んでほしいと思う。イチローが言うように模索し続ければ道は開けてくる。その先にはきっと明るい未来が待っていることだろう。
一日も早い被災地の復旧をお祈り申し上げるとともに、球児たちが一回り大きくなることを願っている。

週刊ベースボール編集長
小林光男
     
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